ポーランド少年少女民族舞踏団「マウェ・ポドラシェ」来日記録


影山美恵子

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全員華麗な着物姿! PTPIの皆様ありがとう!






 2月2日から16日まで、「ポーランド市民交流友の会」が架け橋となり、静岡県細江町国際交流協会が、そして岐阜市PTPI岐阜支部が、Siedlce市の少年少女舞踏団 Male Podlasie 舞踏団員(7歳から18歳)28名、大人6名の合計34名を招待しました。

 名古屋空港に到着した一行は、いざ細江町へ。国旗がなびく役場本館前で、大勢の町民の出迎えと静岡テレビ放送取材班、静岡新聞社、中日新聞社の報道陣に囲まれての歓迎式典。伊東町長挨拶の後、ポーランドを代表して「市民交流友の会」会長のリチャードヤブロンスキーが、日本語で歓迎のお礼と今後の日ポ親善交流の発展を希望する挨拶を。『まるで大統領になったような出迎え!』と、その盛大さにポーランド一行は興奮。その夜は、真っ青な浜名湖が広がる細江国民宿舎で宿泊し、長旅の休養後はホームステイ滞在。

 翌日から各小学校中学へ交流訪問し、日本での学校生活を体験しました。細江町の小中学校では、昨年10月のポーランド訪問「市民交流ツアー」(ポーランド市民交流友の会主催)で、事務局が舞踏団から手渡された手紙の交換交流や、ポーランド語の歌や、挨拶の練習など、その歓迎準備の高ぶりはすでに沸騰点に達していました。それほど待ちわびたポーランド舞踏団との交流に、最後の別れ際には泣き出す子供たちもいました。

 さて、細江福祉センターでの、公演。600席はあっという間に埋り、立ち見席どころか通路にも腰をおろし席を確保するありさま。それはホール開設以来の大入り!出入り口は人で溢れる大盛況でした。この舞踏団と一緒に、ポーランドの歌手ドロタマルチックも同行し、彼女のソロコンサートもありました。ホールを響き唸らせるパワフルな声量で聴衆を魅了させ、雷鳴の拍手と喝采。彼女はこの来日のために、日本で一番のヒット曲として、宇多田ヒカルの『ファーストラブ』を見事な日本語と表現力で披露しました。子供から大人までを感動と喜びで爆発させた大成功の公演でした。ポーランド舞踏団の細江滞在は、毎日各新聞で報道され、テレビニュースでも放映されました。事務局の影山は、後日NHK放送番組、『静岡この人、ポーランド市民交流ボランテア』と題し、生放送番組に出演し、今回のポーランド日本親善の様子を解説しました。

 一行は岐阜でも同様に大歓迎を受けました。一番のハイライトは舞踏団の全員が着物を着てお茶会に参列、そしてお寺で鐘をつく!30人のポーランド美少女達の着物姿は絶品の艶やかさで、大空に舞う桜の花びらのようでした。

岐阜での滞在中は、ポーランド国営放送局の収録がありました。同行した放送局の音楽プロデユーサーK.クヴィアトコヴィスカ女史がそれを編集し、後日ポーランドで特別番組として放映される予定です。

 ポーランドの子供達は沢山の思い出と日本語を覚えました。それまでポーランドがどこにあるかも知らなかった日本の子供達は、今はポーランド語で挨拶が出来ます。Polka Tramblanka(楽しいポーレチケ)をポーランド語で歌えます。素晴しいことです。彼等が、大人になってもお互いの交流が続くように、今後の日ポ親善交流のお手伝いしたいと思っています。

 会長ヤブロンスキー(ワルシャワ工科大学教授ワルシャワ在住)が、帰国後、今回の来日で子供達から、日本をどう思ったかリポートしました。

Agnieszka Kublikowska(17才)
『私達は、ポーランドについて知っている日本人より日本のことを知りました。そしてすぐ沢山の日本語を覚えました。日本人は箸を使い、床に座ってご飯を食べます。伝統的なことを守っています。日本人はとてもやさしくて親切です。私は侍のように、危険で騒々しい人達と思っていましたが、本当は静かで、我慢強く、寛大な人達です。都市では道路はアメリカのように広いです。日本は大変アメリカナイズしています。だから街で日本的なお土産を買うことは難しかった。着物は特別なときにしか着ないと知りました。』

Mazena Glodz(16才)
『私達は女王様のようにしてもらいました。ホストの方は毎日車で街や学校、公演会場へ連れて行ってくれました。公演する会場の学校では、子供たちが列を作って並んで歓迎してくれました。日本の人達は、ポーランド人が何を食べるかとか、青や緑の目、髪の色の違い事にとても興味があるようでした。』

Beata Barszczewska(14才)
『日本の学校はとてもきちんとしていて、学校生活は大変よく準備されていました。皆はクラブ活動や趣味をもち、毎日練習しています。日本人にとって一番大切なのは家族です。子供の教育のためにたくさんの時間を費やしています。日本人はポーランドのスープ(トマトスープに麺が入っているスープ)の食べ方を知りません。日本人はトマトソースのスパゲッテイと思っています。時々、変なものも食べました。KARAGE, KAI???』

「ポーランドの子供達が、日本で驚いたこと」
1、蜜柑の木、竹、梅の木(初めて見た)
2、日本人は着物を着ない(年に1ー2度くらい?)
3、5円と50円玉に穴があいていた。
4、日本の家にセントラルヒーテイングが無い。
5、学校は一つだけの建物ではなくいろいろな建物(別館校舎、図書館、体育館とか)がありました。運動をするのに外へ出なければならなかった。
6、いつでも靴とかスリッパとかに履き替えます。
7、日本の挨拶は男の人が最初です。女の人ではない。
8、TEAは、日本茶の事で、紅茶のことではなかった。
9、車は左側通行でした。10、日本のご飯はポーランドのパンやポテトのようでした。
11、日本の家の中では靴をはきません。
12、自動販売機がいっぱいあり、熱いのと冷たい飲みのものや食べ物まであった。
13、日本にもマクドナルドがあった。パチンコ店がカラフルでうるさく沢山あった。


[お問い合わせ先]
ポーランド市民交流友の会 日本事務局 影山美恵子(E-mail: mieko@orange.ne.jp)
細江国際交流協会(TEL 053-522-0001)
PTPI岐阜支部 支部長 板津三朗(TEL 058-238-8018)

(かげやまみえこ・ポーランド市民交流友の会事務局 2000.03.10)

民族衣装で舞う公演。会場はため息で一杯。
大盛況細江公演! 座る場所も無い・・・。
家庭科授業に参加。もう友達!
大歓迎! 子供は大使、世界共通。
校内餅つき大会も経験しました。
ホストファミリーと豆撒き、別れ際はみんな涙!
浜名湖クルージング後、先頭は細江町長、会長ヤブロンスキー
岐阜公演会場、(左から)ポーランド市民交流友の会会長ヤブロンスキー、PTPI支部長板津三郎氏、音楽監督クヴィアトコヴィスカ、歌手マルチック

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