ブレハッチを訪ねて- 3 弾(パリ、ノアン〜ナククオ)ファン報告

開催:2010年6月13日〜6月20日

ファンクラブ会員27名が「第3回ラファウ・ブレハッチを訪ねる旅」パリ/ノアンのコンサートを鑑賞しポーランドナククオで家族と共に親睦会を開催。その感動の報告

ブレハッチの母校、校長先生の案内で、校内には今でも浜コンの新聞記事が掲示されている。

『ブレハッチを訪ねる旅−3』参加者から

ファンクラブ会長 片桐 章利

【始めに】

2007年に始まったこのツアーも今回で3回目となります。入梅寸前の日本を脱出し、向かった先はパリでした。

今回のツアーのきっかけは、昨年行なわれた表参道での「ブレハッチを訪ねる旅・写真展」でのことです。コンサートツアーの合間を縫って来場してくれたラファウの口から、「次のツアーは、2010年のパリへ。」の一言から始まりました。パリといえばショパンが半生を過ごした地。そして2010年といえばショパン生誕2 00年に当たります。この2つを組み合わせた贅沢なツアーですが、自ら提案して発表するとは、まさにサプライズでした。

そして彼の希望通り、このツアーが実現することになりました。

【パリ】

世界屈指の芸術の都も、この時期だけは空気が違います。到着したパリの街は、国旗を振りながら周囲を鼓舞するワールドカップ・サッカーのサポータ達で賑わっていました。他国の国旗が目立つのは、多くの移民で成り立つフランスという国を反映しているかのようです。

会場のサル・プレイエルは、近年改装を終えたばかりのとても美しいホール。

外側からでは想像がつきませんが、モダンで洒落たデザインの内装は至る所で目を惹かれます。ホールの中へと入ると、座席には既にご家族全員の姿がありました。お元気そうな皆さんと久し振りの再会を喜び、さっそく握手を交わしましたが、会う度にどんどん綺麗になって行く妹のパウリナにはいつも驚かされます。

プレイエルといえばショパン御用達のピアノメーカーです。今回使用されるピアノもプレイエルかと少し期待したのですが、残念ながらスタインウェイでした。おそらく演奏者の意向によるものと思いますが、現代のプレイエルの音色も非常に気になるところです。場内はほぼ満席でこのコンサートへの期待の高さを伺うことができ ます。開演を迎えると、待っていられないとばかりに小走りでラファウが登場しました。その表情は明るくコンディションも非常に良さそうです。そしてそれは更に艶を増したピアノの音色からも感じ取ることができます。

始まりはバッハのパルティータ第1番。穏やかに慈しむように始まった前奏曲、一転して小気味良いテンポが心地よいアルマンドと、彼の思い描くバッハの世界がスムーズに展開して行きます。あまりの自然さに、私はまるで喋っている言葉がそのまま音楽になっているような感覚に囚われました。やはり子供の頃から教会で弾いて いたバッハの音楽が、強いバックボーンとなっているのでしょう。

モーツァルトのソナタ第16番は、昨年の日本公演でも聴かせてくれた曲です。

愛らし表情を保ちつつ、逸る気持を抑えられないかのように速いテンポで一気に駆け抜けて行きます。まるで彼の演奏意欲がストレートに現れているかのようです。ベルガマスク、版画と、近年取り組んでいるドビュッシーから今回は「ピアノのために」。端々に初々しさを感じさせながらも、ピアニスティックな魅力に溢れた前奏 曲やトッカータは、本場フランスの聴衆に向けて眩しい光を放っていました。

休憩をはさんで後半はショパン・プログラム。ショパンといえばラファウの代名詞です。舟歌の演奏では、むやみにテンポを揺らさないバランスの良さはそのままに、歌の中に登場する情緒的な表現で、更なる成長の跡を見ることが出来ます。スケルツォ1番を聴くのは浜松コンクール以来でしょうか。祖国に対しての絶望と望郷の 想いが交錯する、ポーランド人にとって最も魂を揺さぶられるこの作品を、彼は以前より激しいプレストによって、より熱く語っているかのようでした。ラファウの弾くマズルカを聴く度、彼とショパンの親和性はやはり特別だと思わざるを得ません。作品50の演奏も、隅々まで気の行き届いた申し分無い演奏です。特に第3曲に おけるコーダでのテーマのフォルテには、彼の心の叫びを聴くようです。プログラムの最後はもはや彼の十八番となった英雄ポロネーズ。かつての上品さの勝った演奏も良いのですが、より情熱的で正にヒロイックな現在の演奏にも瞠目です。自身に満ち溢れたフィナーレを迎えると、2005年のショパンコンクールを髣髴とさせ る熱狂的なブラボーと、スタンディング・オヴェーションが会場から沸き起こりました。何度もステージに呼び戻されるラファウも、とても満足そうな表情を浮かべていました。アンコールは2曲。ショパンのノクターン遺作とベートーベンのソナタ第2番より第3楽章。ベートーベンでは、曲に合わせて身振りまで「スケルツォ」 になっていたのは彼のサービスでしょうか。

ここパリの演奏会は大成功で幕を閉じました。

ノアンでのコンサート終了後、ファンと再会を喜ぶブレハッチと父、妹。(写真提供:田井保枝)

【ノアン】

今回のツアーでは幸運なことに、ラファウのコンサートを2度も聴くことができました。しかも、もう一つの演奏会場はあのノアン。パリの余韻も覚めやらぬ中、2日後にはそのノアンでのコンサートが行なわれました。

私達が宿泊したのはノアンから車で約1時間ほどの距離にあるシャトルーという街。その昔ショパンとサンドも訪れた場所でもあり、ここでもショパンの足跡を身近に感じることができます。パリでは天気に恵まれたのですが、パリを離れてからは急に肌寒くなり天気も今ひとつ良くありません。シャトルーからサンドの別荘へと向 かう際も、直前からあいにくの雨模様となってしまいました。

夜8時半の開演までにはサンドの別荘を見学。部屋の一つ一つを訪れ、アイデアに溢れたキッチンや、当時使用されていたテーブル、食器等を眺めながら、サンドとはいかにモダンな女性だったのか、ショパンと2人の子供たちとの生活はどのようなものだったのか等、ガイドの方の説明に感慨深く耳を傾けました。短い時間でした が、ショパンが過ごした部屋、別荘の庭、のどかな田園が取り囲むノアンの風景を目の当りにし、可能であればこの地に、もっとじっくりと身を浸してみたい、そんな感情を抱くことができました。

ノアンのホールは、サンドの別荘から建物一つほど隔てた場所にあります。外観は周囲の建物と同調した造りのもので、決して音楽ホールには見えません。ホールの中に入ると防音扉こそあるものの、木造の柱に、むき出しの屋根組みなどが見られます。後で分ったのですが、もともと羊小屋だった建物をホールに改装したのだそう です。

ノアンのホールはサル・プレイエルの1割ほどの大きさでしょうか?ステージが近い分、互いをより身近に感じることができます。後ろを振り返ると、満席の聴衆で埋め尽くされたホールの中央席にブレハッチ・ファミリーの姿が。手を振って軽く挨拶を交わしました。

プログラムはパリと全く同じ。空いた扉から勢いよく飛び出す様子もパリと同じです。弾き出したバッハを聴いていた時、あることに気が付きました。パルティータのサラバントの旋律と共に、天井から小鳥のさえずりが聴こえるのです。まるで自然と同化したようなホールで、私はえも言われぬ幸福感に包まれました。バッハから ショパンに至るまで、演奏はパリ同様に素晴らしいものでした。舞台の背後に淡く輝く Nohant のプレートを見ると、ここでのショパンの演奏が特別なものに感じられます。そういえば今回のショパンのプログラムは、スケルツォ1番を除いて作品50番以降の曲ばかりです。

お気付きでしょうか?ちょうどノアンで過ごした時期に作られた晩年の曲ばかりです。ただし健康状態を崩していたショパンとは対照的に、気力、体力の充実したラファウの演奏は、作品20のスケルツォ1番を作曲した、希望に満ち溢れた時代のショパンのようでした。

コンサートはまるで、時間に羽が生えたかのように足早に過ぎて行きます。やがてメイン最後の英雄ポロネーズを迎えると、最後の和音が鳴り止む前にパリと同じ反応が起こりました。

スタンディング・オヴェーションと共に2拍子の拍手でカーテンコールをせがむ聴衆。それ応えて何度も登場するラファウ。アンコールにはパリと同じ2曲に加えてマズルカを1曲。この最後に弾いたマズルカ作品17−4での静寂が訪れるまで、ノアンの夜は更けるのを忘れたかのようでした。終演後はすっかり雨も上がり、私達 との再会を果たした彼の表情もとても晴れやかでした。「素晴らしコンサートだったよ。」と感想を告げると、「そこで聴いていたね。」と言って座っていた席をひと指し。ラファウはこちらの居場所をさりげなく確認してくれていたようです。

【ポーランドへ】

肌寒かったフランスからワルシャワへと降り立つと、季節は初夏へと一変しました。宿泊場所はナクウォから車で90分ほどの所にあるイノ・ブロツワフ。ラファウは以前この街で、一度だけコンサートを開いたことがあるそうです。

翌日には、以前に彼が通った音楽学校のあるビドゴシチや、コペルニクス生誕の地でもあり、現在も彼が哲学を修めるため通う大学もあるトルンの街を散策。

トルンの街はポーランドの母なる大河、ヴィスワ川の流れる非常に歴史を感じさせる街でした。大学の構内ではラファウの親友と遭遇。私達の姿を見た瞬間、日本のファンクラブだということが分ったそうです。

【ナクウォ】

ナクウォに到着してまず訪れたのは教会でした。門の前では既にお母様とパウリナ、そして前回のプラハで一緒だった従妹のモニカ。更に前回の学校訪問で授業を受けていた、モニカの妹マルタも一緒に出迎えてくれました。

ラファウとお父様は、TV局の取材を受けているため到着が遅れるとのこと。前回まで私達を迎えてくれた神父様ですが、残念ながら現在体調を崩されているそうです。代わって今回はとても若い別の神父様に出迎えて頂きました。

日曜日ともなると教会では結婚式が頻繁に行なわれます。この日も午後から2組の式が行なわれるため、教会の中は華やかな結婚式用の準備が施されていました。華やかに感じるのは結婚式の装飾のためだけではありません。神父様のお話によると、教会内のステンドグラスや内壁など、数多くの改修がなされているとのことでした 。ほどなくTVの取材クルーを伴って、ラファウとお父様が到着。フランスから車での移動ということで、かなりの長旅だったはずです。そんな疲れなど何一つ感じさせず、爽やかな笑顔で私達との対面を済ませると、「ラファウの原点」でもあるオルガンのステージへと招き入れてくれました。ツアーの方々が構えるカメラの他に 、今回は取材のTVカメラも見守る中、彼はいつもと変わらず一つ一つオルガンの準備を進めて行きます。鍵盤の状態と音の確認を終えると、オルガンとの再開の時間が始まりました。途中リクエストにも応え、冗談も交えながら披露してくれた曲は以下の通りです。

・バッハ:パルティータ第1番よりプレリュード

・バッハ:ゴールドベルク変奏曲より第1変奏(冒頭)

・シューベルト:アヴェマリア

・バッハ:8つの小プレリュードとフーガより第4番からプレリュード

・バッハ:8つの小プレリュードとフーガより第1番からプレリュード

・ヘンデル:ハレルヤ

・バッハ:トッカータとフーガ(冒頭)

・バッハ:イタリア協奏曲から第3楽章(冒頭)

・ショパン:プレリュードから第4番

・ショパン:エチュードから第3番「別れ」

・バッハ:コラール”目覚めよ、と呼ぶ声が聞こえ”

・ワーグナー:結婚行進曲

・メンデルスゾーン:結婚行進曲

・バッハ:平均律第一巻より第5番からフーガ

・ショパン:英雄ポロネーズ(冒頭)

・サンサーンス:ピアノ協奏曲第2番より第1楽章(冒頭)

・ショパン:プレリュード第20番

・フランク:天使の糧

・ショパン:ピアノ協奏曲第2番より第2楽章(冒頭)

・バッハ:G線上のアリア

オルガンの鍵盤はピアノより重いはずですし、足鍵盤も使っています。弾き続けるのはさぞ大変だろうと思いきや、当の本人の表情からはとても寛いでいる様子が伺えます。そんな演奏を聴いている私達は、時に安らいだ気持ちになり、時に和音の響きに心が震える瞬間がありました。

最後は教会で行なわれているミサの閉祭での振る舞いを再現してくれました。

・閉祭の歌の曲を演奏(ラファウ)

・祭壇の聖母の絵画の切替え(自動)

・神父様退堂

・ステージから祭壇の絵画、神父様の姿、会衆の様子を隈なく確認し終了(ラファウ)

教会を後にすると、再び通っていた学校を訪問です。休日のため生徒の姿は有りませんでしたが、前回迎えていただいた副学長は学長となり、かわいい息子さんと一緒に校庭で待っていてくれました。最初に通された講堂では前回の雪辱とばかりに、パウリナと「雨に歌えば」をピアノで協演。得意の地理の教室では、指し棒を使っ て地名から地図を指し示す場面も。ただしいかに地理が得意な彼でも、世界地図からナクウォを的確に指すことは難しかったようです。

ツアーに参加された方の情報によると、理数系も非常に得意だったとのこと。

今回もいろんな教室を案内して頂きましたが、先に訪れた教会と同様、校舎の中も至るところで改修が行なわれ、それぞれの教室がとてもきれいになっていました。(これもラファウのお陰でしょうか?)学校のホームページを紹介して頂きましたので、よろしければアクセスしてみて下さい。

http://www.krzywousty.edu.pl <http://www.krzywousty.edu.pl/>

昼食は第1回目のツアーの際に訪れたレストランでした。

代表的なポーランド料理のビーツのスープ(バルシチ)やポーランドの餃子(ピエロギ)、チキンのカツレツなど、とても美味しい料理の数々は、毎回楽しみの一つとなっています。こんなご馳走を前にしても、ラファウの小食は相変わらずでした。思い起こせば第一回目のツアーでは、このレストランでラファウを前にして、皆何 をして良いかの探り合いを繰り返していましたが、ツアーも3回目ともなると、お互いリラックスしていろんな会話が出来るようになりました。これからのコンサートのことや、今後の録音の予定(ラファウの希望により、サプライズとして取って置きます。)など、彼もいろんな質問に答えてくれました。一番印象的だったのは、 私が彼にツィメルマンの話をした時の事でした。話の最後に「彼は僕のマスターだ。」と真剣な眼差しを投げ掛けてきた時、

二人の間には強固な信頼関係が築かれていることを再認識しました。ナクウォでは「ラファウの行くところ鍵盤あり。」なのでしょうか?このレストランにもアップライトのピアノが置いてあり、帰り際にノクターンとポロネーズを少し披露してランチは終了となりました。

6月といえばラファウの誕生月です。前回同様ご自宅に伺った際、まずはバースデーソングの合唱でラファウを祝福しました。歌か始まるや否や、スルスルとピアノへ移動して伴奏を始めてくれたのも前回と一緒です。ファンクラブの方々から寄せられたバースデーメッセージや、ツアーの方々からの思い思いのプレゼントを渡され ると、一つ一つ手に取って嬉しそうな表情を浮かべてしました。意外だったのは、私がバッハとショパンの絵が描いてあるコーヒーのセットを渡したところ、バッハの方に飛びついたことでした。ラファウにとってバッハは心の拠所なのでしょう。

彼がピアノの椅子に座ると、次に何が待っているかは皆さんご存知の通りです。

いつも行なっているという指慣らし(複雑なハーモニーのユニゾン〜ショパンのエチュード〜バッハ)を披露すると、曲の一部を次々と摘み食いするかのような、チェーンコンサートがスタートしました。一つ一つの演奏はとても短いのですが、その曲の数たるや、

・バッハ:パルティータ第1番から前奏曲

・ベートーベン:協奏曲第4番から第3、第1楽章

・ショパン:協奏曲第2番から第2、第3楽章

・ドビュッシー:ピアノのためにからトッカータ

・ショパン:英雄ポロネーズ

・ショパン:舟歌

・シマノフスキ:プレリュードとフーガからプレリュード

・シマノフスキ:プレリュードとフーガからフーガ

・シマノフスキ:ソナタ第1番から第2、第3第4楽章

・ドビュッシー:版画から塔

・ドビュッシー:版画から雨の庭

・ショパン:ノクターン遺作

・ショパン:バラード第3番

・ショパン:バラード第1番

・ショパン:ポロネーズ第1番

・モシュコフスキ:火花

・ハイドン:ソナタ第52番から第1楽章

・ベートーベン:ソナタ第2番から第4楽章

・ベートーベン:月光ソナタから第1、第2、第3楽章

・モーツァルト協奏曲第23番から第1、第2、第3楽章

・ショパン:ソナタ3番から第1、第2楽章

・ショパン:プレリュードから第4番

・ショパン:ピアノ協奏曲第1番から第1、第2、第3楽章

・マズルカ:作品17−4

・ショパン:エチュード作品10−12

・ショパン:エチュード作品25−2

・ショパン:エチュード作品25−1

・ショパン:エチュード作品10−3

・ショパン:エチュード作品10−4

・ショパン:エチュード作品10−8

・ショパン:ソナタ第2番から第3楽章

・ショパン:ノクターン作品15−2

・ショパン:ノクターン作品32−1

・ショパン:ノクターン作品9−3

・バッハ:パルティータ1番からジーグ

・ショパン:スケルツォ第1番

・ショパン:スケルツォ第2番

・モーツァルト:ソナタ第15番から第1、第3楽章

・モーツァルト:キラキラ星変奏曲

・リスト:協奏曲第2番から第1、第4楽章

・バッハ:協奏曲第1番から第1楽章

・バッハ:協奏曲第3番から第1、第3楽章

・リスト:リゴレットパラレーズ

・サンサーンス:協奏曲第2番から第3楽章

・ショパン:マズルカ作品17−1

・ショパン:マズルカ作品17−3

・ショパン:マズルカ作品50−3

・ショパン:マズルカ作品56−2

・ショパン:ソナタ第3番第から第4楽章

・ドビュッシー:ピアノのためにから前奏曲

・ドビュッシー:ベルガマスク組曲から月の光

・ドビュッシー:ピアノのためにからサラバンド

・ガーシュイン:ラプソディ・イン・ブルー

・シューマン:子供の情景から見知らぬ国

・シューマン:子供の情景からトロイメライ

・シューベルト:即興曲作品90から第3番

・シューベルト:即興曲作品90から第2番

・ショパン:ワルツ作品64−2

と非常に多岐に渡りました。

演奏の途中に「この曲は最初の日本ツアーで弾いた曲。」とか、「5年前(ショパンコンクール)みたいだね。」、「今度これを弾くんだよ。」などと気さくに話し掛けながら、レパートリーをご存知の方々からのリクエストにも応じてくれました。驚いたのは、日本でいつどの曲を、どのホールで演奏したかを克明に覚えていたこ と。しかもそのホールの音響についての感想まで話してくれました。放って置くと何時間でも弾き続けてしまいそうな彼に、お父様が「もうそろそろ…」と声をかけたのは、弾き始めてから1時間以上経過した頃でしょうか?すっかり時間を忘れていたラファウと私達は、やがて別れの時間を思い出すことになります。

最後は影山さんから、ラファウを含めどれだけご家族の皆様が私達を大切に思って頂けているか、ラファウがどれだけ皆から愛されているか等、これまでの思い出も含め、胸の熱くなるお話を聞かせて頂き、彼も私達も改めて、出会いの大切さを感ずることとなりました。

名残惜しさを引きずりながら待機しているバスへと戻ると、皆と一緒に乗り込んで来るラファウ。いつまでも車内のシートに座り続ける彼に向かって、外にいるからお父様から「日本で会おう!!」と手を振られると、車内は明るい笑いに包まれました。最後の最後まで楽しい時間を一緒に過ごさせて頂いたラファウとご家族の皆様 には、毎回の事ながら本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

10月には日本ツアーが始まります。

これだけ私達をもてなしてくれた彼には、お返しをしなければなりません。日本で行なわれるコンサートには可能な限り足を運び、今回の私達と同様、彼の心のスーツケースを満足感で万杯にして帰国させてあげたいと思います。(終

片桐会長とお土産を手に。(写真提供:片桐章利)

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(2)会員 27歳 会社員

今回、二度目の参加をさせて頂いたのですが、毎回この旅は本当に心が洗われる気分になります。ブレハッチの素晴らしい音楽を演奏会以外で聴くことが出来るのはこの旅でしかありませんし、教会でのブレハッチが弾くオルガンは涙が止まらなくなります。

また、旅で出会う方たちも本当に素晴らしい方たちばかりで、その方たちからたくさんのいい刺激を受けることで、とても濃い旅をすることができ、毎回感謝しながら日本へ帰国します!

今回もたくさんの幸せを感じ、本当に感謝でいっぱいです。

これからも素晴らしい音楽家ブレハッチと、素晴らしい国ポーランドにたくさん感動してゆけたらな、と思っています。本当にありがとうございました。

今回の旅もまた、忘れることのできない時間の連続でした。

コンサートでの聴衆のスタンディングオベーションは特に印象深く、ラファウさんのピアノを通して会場全体が1つとなって、またショパンゆかりの地で、過去この場所や作品やピアノに関わったすべての人達と時代をこえて彼のピアノをみんなで一緒に祝福したような気がしました。フランスのホールでたまたま隣の席に座った言 葉もあまり通じない人たちと、彼のピアノを聴くだけで互いに笑顔になれること、音楽の格別の瞬間を味わいました。 ラファウさんは演奏をするたびに聴衆を彼の世界に巻き込んでいって、そしてそれは確実に拡大しています!これからもその瞬間にずっと立ち会っていくぞと改めて決意したのでした。  それと余談で、ノアン のコンサート後、私たちに同行していたバスのドライバーさんが(もともとピアノや音楽に興味のある方ではなかったようですが)、奥さんに3度も電話をしてその感動を伝えていたという話を聞いて妙に嬉しくなってしまいました(笑)

それにしても、ファンの皆さんの間では有名な話になりつつありますが、ラファウさんの記憶力には驚きです。今回のツアー参加者のうち、初めての参加者、2回目、3回目の参加者をとてもよく覚えていて、初めての方には「はじめまして」と挨拶をしてくれ、2回目、3回目の方には「またお会いできて嬉しいです」と声をかけ てくれました。また前回参加者には、「前回ナックウォのレストランでお昼を食べたとき、こんな話をしたね。」とか、とても細かく覚えてくれているのです。これはもちろん単に記憶力がいいということだけでなく、私たちファンのことを大切に思ってくれているからこそでしょう。ラファウさんが年間一体何人くらいの人に会う のかと考えると、その中でこうして私たちを覚えてくれているということは、私たちにとって本当に嬉しいことです!!

また今回は一緒にツアーに参加したファンクラブのお仲間についても考えたツアーとなりました。大好きなラファウさんを前にして、誰だって舞い上がってしまって当然のところ、直前にご都合でやむをえず辞退された方へのおみやげや、体調不良で残念ながらナックウォを訪問できなかった方のためラファウさんに電話をかけても らえないかとお願いをしたり、直接お話しする機会が少ない方に「今チャンスだよ!」と声を掛けあったり、みなさんがお互いを思いやっておられました。バス移動中の「私とブレハッチの出会いと今に至るまで」のスピーチから、皆さんも私同様ラファウさんのピアノで浄化されていることがよくわかしました。今後もそんな皆さ んと仲良くピアニスト ラファウ・ブレハッチを一緒に応援していきたいなと思ったのでした。

おまけ:ブレハッチご家族のお家でお話ししていたとき、「あと数週間でもうすぐ僕は25歳になるんだけど、25歳ってもうあまり若くないよね...」としみじみ言っていました。周りにいた私を含む年上の方々からは「そんなこと言うんじゃありません!」と言われていました(笑)どうしてそんな風に思ったのでしょうか?? ちょっときいてみたいですね... (終)

同行取材のカメラマンと待ち合わせの教会へ登場!(写真提供:大津りえ)

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(3)会員 64歳 職員

今回はリクエストをたくさんして、弾いていただけたことがとても嬉しかったです。

まず、ラファウさんがあるインタビューで サン・サーンスのピアノコンチェルト2番の冒頭はオルガンの音をイメージしている、といっていた、その冒頭の部分を教会のオルガンで弾いていただきました。鍵盤が足りなくなったら、指だけ動かして、ニッコリ笑ってくれました。茶目っ気のある青年ですね。 サン・サーンスのコ ンチェルトは是非生を日本で聴きたいと話しましたが、それはいつになるかわからないということでした。そこで、お宅では、3楽章をリクエストしました。他にモーツァルト、リストなどのコンチェルト、モーツァルトのソナタ、なども。会員のリクエストに次から次と応じて楽しそうに弾くすがたは、とてもリラックスして、舞 台での表情とはまた一味違いました。音楽は言語、というラファウさんからのメッセージをたくさん聞いたそんな訪問でした。(終)

教会から自宅への道のり、ブレハッチもお母さんも、みんな、みんな嬉しい!

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(4)会員 38歳 主婦

「ブレハッチを訪ねる旅-3」の想い出を記させて頂きます。

 先ず、私事で恐縮ですが、この旅は私にとりまして、様々な葛藤や障害を経て実現した「奇跡の旅」でありました。小学生の一人息子を日本に置き去りにして参加したのです。正直なところ、ぎりぎりまで悩みました。「本当に行っていいのだろうか?」と。  しかしながら、多くの方々に背中を押して頂き、ご協力を賜り、実現に漕ぎ着ける事が出来たのでした。  そして、「どんなに無理をしてでも、参加して良かった」と、心から思えた旅となりました。

初めてのヨーロッパでのリサイタル観賞。日本での、何となく感じられる「演奏者と聴衆との間  との微妙な隔たり」は一切無く、正に一体となって演奏会を創り上げる雰囲気に圧倒されました。  これがヨーロッパの、フランスの、本場の、本来のリサイタルの姿なのだと、素人ながらに感じ入りました。  更に、ノア ンでのジョルジュ・サンドの館でのリサイタルは圧巻でした。  恐らく、かつては納屋であったろうと思われるシンプルな建物の中で聴く演奏は、ホールの音響に左右される事の無い、純粋な音を堪能する事が出来ました。夜のリサイタルとはいえ、日没が遅い初夏のフランス。時には鳥のさえずりがピアノと共演して。夢の様で した。

ラファウさんが、ソールドアウトであるにも関わらず、日本のファンの為に無理をして手配して下さった貴重なリサイタル。  こじんまりとした会場に溢れる聴衆の熱気、そしてラファウさんの渾身の演奏。どうして無理をしてまで私達を招いて下さったのか、その気持ちが溢れるほど伝わってきました。

そして、ブレハッチファミリーとの交流。勿論、何にも増して旅の最大の楽しみでありました。  遂にラファウさんと直接交流出来るという事実に、初めての参加という事もあり、興奮のあまり倒れてしまいそうでした。

最初ラファウさんは、私の眼には、まるで妖精の様に映りました。まるでこの世の人とは思えない様な。

しかし、交流が進むにつれ、非常に思慮深く常に何かを吸収しようとする、真の大人の芸術家の姿を見出す事が出来ました。  瞳の奥深くに鋭いものを感じた時にはドキドキしてしまいました。ああ、この人はやはり只者では無いと。当然の事ですが。  私が特に感動したのは、家族への愛を垣間見た時でした。お母様、妹 さん、私とで立ち話しをしていたところ、ふっと後ろからラファウさんが  現れたのですが、すかさず妹さんに、何の話をしているのか確認したのです。真剣な表情でした。愛する母と妹を守るという意志を感じました。

お母様、妹さんも純粋な愛に満ちた素敵なお二人でした。私のぶしつけな質問に嫌な顔ひとつせず、一つ一つ丁寧に答えて下さいました。

お父様も、最初から最後までファンを温かく歓待して下さいました。従姉妹の方々も同行して下さり、ファミリーの愛と団結力に憧れすら感じました。

又、後から聞いてびっくりしたのですが、当日ラファウさんの睡眠時間はたったの1時間だったとの事。そんな事を微塵も感じさせない  ファンへの愛情にただただ驚き、これまた感動しました。彼は笑顔を絶やさず、ファンのリクエストに何時間も丁寧に応えてくれていたのです。

どれだけ書いても私が得た感動を文章で表現する事は出来ません。

全ての方へ感謝申し上げます。ブレハッチ家の皆様、この夢の体験の実現に導いて下さった皆様、感動を共にした参加者の皆様。  これからもずっと、ラファウ・ブレハッチという演奏者を応援することを通じて、自分の人生をもより豊かなものにしていけたら、

こんなに幸せな事はありません。 (終)

レストランでランチ、オーナーのリクエストで演奏、

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(5)会員 23歳 会社員

〜感想文〜

サル・プレイエル、ノアンでの2回のリサイタル鑑賞、

教会でのオルガン鑑賞、そしてブレハッチ家での親睦会と、全てが夢のような出来事でした。日本を出る直前まで、本当にそんな夢のようなことが起きるのだろうかという信じられない気持ちでしたが、今もまだ夢をみていたような、信じられない気持ちです。

初めてラファウさんと間近にお会いして、本当に優しく温かい人なのだなということを実感しました。

そして、ラファウさんのご家族は、まるで本当の家族かのように私達をもてなしてくださいました。今までは彼の演奏が好きで応援していましたが、今回の旅で彼の人柄を見て、ますます応援したいという気持ちが高まりました。ご一緒させていただいたツアーメンバーの皆様も、温かい方達ばかりで、この旅を通して、私ももっと 人に優しくできる人間にならないといけないなと考えさせられました。

旅が終わり、日常生活に戻った後も優しい穏やかな気持ちが続くほど、本当に素敵な旅でした。(終)

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6)26歳 会社員

《第3回 ブレハッチを訪ねる旅》に参加して

今回は前回につづいて2回目の参加でした。前回は初めて出会う人々、初めて訪れる場所…何もかもが新鮮で…ただただもうすべてが夢のような旅でした。

あれからちょうど2年。

もちろん今回の旅もそれに負けず劣らず、すてきなすてきな旅でした。なつかしい面々や場所との再会、また一方で、新しい出会いがたくさんありました。ブレハッチファミリー、そしてナックオの町は以前と変わらず、私たちをあたたかくむかえてくれました。

そんな中で私が感じた大きな驚きと少しの変化。

まず驚いたこと…それはラファウが私たちを覚えてくれていたこと。世界各地で演奏活動を行っているラファウにとって私たちはその中の一国の、さらに日本中に大勢いるファンの中のほんの一部にすぎません。にもかかわらず、ひと目、見ただけで初めて会う人、2回目の人、3回目の人…それぞれにあわせて挨拶を返してくれた のです。さらに、いつどこで何を話したのかさえ覚えていたのでした。記憶力がいいという話ではありません(それもあるかもしれませんが・苦笑)。「そういう人」だということです。影山さんのお話にあったように(ショパンコンクール優勝後、偶然ホテルで再会したときにCDをプレゼントされたエピソード。私にとって、影山 さんから教えていただいた、たくさんのお話の中でも最初の、印象深いお話です!)、ほんとに一期一会の出会いを大切にしてくれているんだなぁと、あらためて思った瞬間でした。

それから少しの変化について…移動バスの中でヤブオンスキー教授が言いました。ラファウはもうすっかりおとな、だと。それは本当でした。2年前はたしかに落ち着きの中に、わずかの緊張感・とまどいや疲労感…といった年相応の素の表情が垣間見えました(ラファウはほんとうにすごいのだけれど、そういう部分もあるんだと ほっとした記憶が!)。今回は見知った顔が増えたことや、3回目ということもあって慣れてきたということもあるかもしれませんが、それらを差し引いても、“心の余裕”というか“ゆとり”が感じられました。そしてその変化はもちろん、演奏にも確実に表れていました。それは世界的ピアニストとして積んできた経験の数々に よって培われたのではないでしょうか。けっして楽しいこと、いいことばかりではなかったと思います。光が強くなればそれだけ影の部分も濃くなるものです。有名になればなるほど、活躍すればするほど、非難・批判する人や誘惑が増えます。でもそれらに流されることなく、自分の力に変えてゆける。揺るがない自分というもの をしっかり持っているからこそ自然体で、相手を受け入れ、許すことができる。でもここでおわりではないですよね!まだまだ、これからそうやってどんどん変わっていくことでしょう。1年後は?10年後は?50年後は?!月日がたって今を振り返ったらどう思うのかな。。それまでずっとピアノを好きでいたい、ラファウを応援 していたいと願います。(終)

学校正門前で御案内。(写真提供:大津りえ)

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(7) 57歳 書籍デザイン

『ブレハッチを訪ねる旅−3』は私にとって「特別な旅」になりました。

それは父の介護で疲れていたいた時、ブレハッチのピアノを聞いて今まで感じた事がない感動がありました。同じピアノなのに何故こんなに人の心を惹きつけるのか!不思議でした。調べていくと日本と縁があるピアニストでありツアーも開催される とのことでした。私はブレハッチのピアノ演奏を是非本場ヨーロッパで聞いてみたいと思いました。―――パリのサル・プレイエル、ノアンのコンサート、ナククオの教会や親睦会での演奏は、想像以上にすばらしく感動的でした。これから先がとても楽しみです(あのスリムな身体が倒れないように祈ります)

(終)

ポーランド人男性です。ドアを開けて「どうぞ」、教室拝見。

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(8)61歳 主婦

「第3回ブレハッチを訪ねる旅」に参加して

私は第2回に引き続き二回目の参加となりました。今年はショパン生誕200年にも当たり、ショパンゆかりのパリ・プレイエルホール、ノアンのジョルジュ・サンドの館でラファウのピアノを聴くことができたことは、何よりの想い出です。パリでは、夜のコンサートまでの一日、ペール・ラシェーズ墓地、バンドーム広場の最後の家 、お葬式が執り行われたマドレーヌ寺院、などショパンの思い出をたどりました。

サルプレイエルでは、ラファウのご両親、妹さんの一列前の中央のとても良い席でした。ラファウが舞台に登場して、お辞儀の前ににっこり微笑んだのが、まるで私にしてくれたように感じられました。(実際、それはご家族に向けられていたのですが…)

演奏はもちろん素晴らしく、きらきら輝くピアノの音に引き込まれて聴いていました。

パリの人達もスタンディングでの大喝采となりました。

ノアンの会場は、サンドの館の元馬小屋(?実際は羊小屋)のようなところで、演奏中小鳥の鳴き声も聞こえてくる、のどかな田園の中にありました。ステージドアの開閉はラファウのお父さんがやっていてとても家庭的な雰囲気でした。ラファウのピアノを聴いていると、まるでショパンがそこで弾いているような錯覚を覚えまし た。

二回のコンサートの後は、ポーランドへ移動して、ビドゴシチ・トルン観光後、いよいよ旅のハイライト、ブレハッチ家族との親睦会です。

ナックオの教会で待ち合わせ、普段着でテレビの取材の人と一諸に現れたラファウは、まずオルガンを演奏してくれました。二年間そのオルガンを弾いていないということでしたが、バッハ、モーツァルト、フランク、ショパンの曲を次々と弾き、リクエストにも応じてくれました。教会の隅々まで響き渡るオルガンの響きは、まる で天国から音が降りて来るような厳かな調べでした。じっと聴いていると涙があふれてきました。

その後ラファウが通った学校を副校長先生共々案内していただき、レストランでお食事、ご自宅に伺いました。ファンクラブの方々からのお手紙を片桐会長から手渡し、にわか覚えのポーランドの誕生日の歌を皆で歌いました。その後、それぞれが持ってきたプレゼントを手渡しました。

受け取る際には、一人ひとりから説明をしっかり聞いていました。ピアノの上がプレゼントでいっぱいになりました。そしてピアノを何曲も何曲も弾いてくれました。

ラファウのピアノはとても自然体で誇張や力みが無く、いつも心洗われる思いがします。本当に神様からの贈り物のようです。それはきっと、生まれた時からの篤い信仰心と温かい家族によって育まれた家族愛によるものだと確信した旅でした。

「ここが日本!」と、おどけてみせるブレハッチ。(学校案内で)

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(9)34歳 ピアノ講師

 現代のショパンとも言われるブレハッチさんのリサイタルをパリとノアンで聴き、ナクウォのお宅を訪問するという、ショパン生誕200年にこれ以上はあり得ないほどの旅でした。

サル・プレイエルのステージに彼が登場した時は「本当に会いに来たんだ」という嬉しさがこみ上げてきました。

一層輝きの増した音で、とても自由に演奏しているように感じられ、嬉しい驚きでした。聴く度に飛躍し進化し続ける彼に会えるのは大きな喜びです。

ノアンでは演奏中鳥の鳴き声が聞こえ、ショパンもこういう環境で弾いていたんだなと、当時にタイムスリップした気分になりました。

ナクウォでは教会やお宅でも、私達のリクエストが出尽くすまで本当にたくさんの曲を弾いて下さり感激です。

そして彼のお宅はとても綺麗で、どの部屋にもムダな物が一切置いていない!どうしたらこんなに綺麗に片付くのですか、とお母さんにも聞いてみたかったです。

これからのレコーディング予定やどのような意識で演奏に臨んでいたのか等、色々な話を聴き、彼の素顔も垣間見ることができて素晴しい時間を過ごすことができました。

演奏家とファンの交流はとても大事、と話してくれたブレハッチさん。どんなにうまいピアニストでも、彼ほど美しく純粋で温かい音楽を奏でられる人はいないでしょう。彼の音楽と共に生きられる幸せを実感できた旅でした。ありがとうございます。(終)

自宅前で、会員のみなさんを御案内。

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(10)21歳 学生

----感想文----

今回、二度目の参加をさせて頂いたのですが、毎回この旅は本当に心が洗われる気分になります。

ブレハッチの素晴らしい音楽を演奏会以外で聴くことが出来るのはこの旅でしかありませんし、教会でのブレハッチが弾くオルガンは涙が止まらなくなります。また、旅で出会う方たちも本当に素晴らしい方たちばかりで、その方たちからたくさんのいい刺激を受けることで、とても濃い旅をすることができ、毎回感謝しながら日本 へ帰国します!

今回もたくさんの幸せを感じ、本当に感謝でいっぱいです。

これからも素晴らしい音楽家ブレハッチと、素晴らしい国ポーランドにたくさん感動してゆけたらな、と思っています。

本当にありがとうございました。(終)

自宅での交流、会員の質問に丁寧に答えるブレハッチ。

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渡辺まなさん:ブレハッチ旅の絵日記は、こちらです。

http://www.geocities.jp/rgghp257/2010b_tabi.html

車窓から、「さようなら、今度は日本で!」(写真提供:片桐章利)

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浜松コンクールの賞金浜松市長からの御祝儀袋が保管されていた。(写真提供:田井保枝)

影山追想:ナククオの御自宅に入ると、前回の会員のお土産の絵が壁に飾ってあり感激した。他の方からも「私のお土産の絵葉書が飾ってあったんですよ。」とそっと耳打ちしてくれた。隅々にファン訪問を歓迎してくれているお気持ちが伝わった。

会員の方が、前浜松市長の水引きの御祝儀袋を発見して、その写真をいただきました。当時2003年、7年も昔のこと。大切に大切に『初心を忘れないように』。ブレハッチはこの賞金でグランドピアノを購入した。

『浜松コンクールは精神的にも、肉体的にも過酷でした。しかしそれをやり遂げたことが自信となって、「ショパンコンクール」を迎えることができました。』、優勝後ブレハッチは語っていた。あれから5年、25歳。演奏家としても一人の青年としても成長した。演奏会レビューや堂々としたインタビューの言葉のひとつひとつに感動する。けれど、私は『成人した子を未だ案ずる老いた母の心境』、私の中ではいつまでも「浜松で出会った時の内気な18歳のブレハッチ」。こまったことだ。

記録/写真:影山美恵子 写真協力:ファンクラブ会員

今までの「ラファウ・ブレハッチを訪ねて」シリーズも御覧下さい。

Prosze zajrzec na strone.

ブレハッチを訪ねてローマ `10/2

ブレハッチを訪ねて トルンの街 09/8

★{ブレハッチを訪ねる旅}写真展報告09/2

ブレハッチを訪ねて『プラハ〜ナクウォ』:ファン旅行記 08.6

★『ブレハッチを訪ねて-11:プラハ〜ナクウォの旅』2008,6/2-9

2008/2月 ブレハッチを訪ねて:11 ミラノコンサート

2007/3月 ブレハッチを訪ねての旅-1 ミュンヘン〜ナクウォ記事掲載その1(月刊ショパン、ムジカノーヴァ)/   記事掲載その2(ピアノスタイル)

RAFAL BLECHACZ ブレハッチを訪ねてビドゴシチ:9(07/9)Ukonczona Akademia

ブレハッチを訪ねて8:名古屋公演プログラム 5.31.2007 Program koncertu w Nagoi

ブレハッチを訪ねて7/ドイツ〜ナックオの旅 04/2007 Podroz do Nakla

☆ブレハッチファンクラブ親睦会報告 11/2006 Spotkanie fanklubu w ambasadzie

☆ブレハッチを訪ねて 6:来日記念インタヴュー(06/11) Wywiad przed przyjazdem do Japonii

☆ブレハッチを訪ねて 5:音楽祭inワルシャワ(06/10) Festiwal w Warszawie

ラファウ・ブレハッチを訪ねて.4 :「優勝後」6/6 Zwyciezca Konkursu Chopenowskiego

ブレハッチ近況.インタビュー6月10日付、06 Wywiad z okazji jego urodzin

☆ブレハッチメッセージ 06.7.16 Przeslanie Rafala

☆ブレハッチを訪ねて3.:ブレハッチファンクラブ代表片桐章利氏(2006/1/10)Pan Katagiri - prezes fanklubu
☆ラファウ・ブレハッチを訪ねて2.:優勝!(2005/11月 Zwyciestwo

☆ポーランドの新星ラファウ・ブレハッチを訪ねて1(.2004 /4) Nowa polska gwiazda

ブレハッチ ジャパン ファンクラブ事務局 :砂子祐子

連絡先:e-mail : ra_piano2005@yahoo.co.jp fax: 053 523 1297

(問合せ)記録 事務局:影山 e-mail: mieko@orange.ne.jp

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