ブレハッチを訪ねての旅『プラハ〜ナックオ』

ファン旅行記

願い:最後まで、御拝読下さい。ファン会員から寄せられた感動の旅行記です。

「僕と家族にとって一番大切な場所」と言って案内してくれた、ナクウオの教区教会。生後一ヶ月で洗礼を受けた。

2008/6.2〜6.9 開催/プラハの演奏会を観賞後、ポーランドへショパンの静養地ドゥシニキで公園を探索し昼食。その後ナックオへラファウの母校へ、教会でオルガン演奏、その後御自宅で親睦会。

ありがとう、ラファウ、ありがとう、ブレハッチファミリー

ファンクラブ会長 片桐 章利氏 旅行記

プラハにて】

成田を出発したスイス・エアーの機内エンターテイメント・メニューに、ラファウの弾くプレリュードの文字を発見した時、またしてもこのツアーがラファウによって、既にもてなされている感覚を覚えました。

昨年のミュンヘンに続き2度目となるこのツアーで、私達はプラハを訪れることとなりました。チューリッヒを経由して訪れたプラハは、激動のワルシャワとは対象的に、大戦の傷跡の無い、中世の格調高い建造物が建ち並ぶとても美しい街です。モーツァルトがドン・ジョバンニを初演した由緒ある劇場もあり、スメタナやドボルザーク、ヤナーチェクらの作曲家も輩出されたことなど、音楽の都としても有名です。このプラハでラファウがコンサートを行うのは2回目とのことです。

合同記者会見会場、ポーランドからのマスコミも、日本からのファンクラブとして出席した。

 6月4日のコンサート当日は、まるで入梅した日本のように、朝から激しい雨が降り続いていました。コンサートに先立って、昼の12時にマスメディア向けの記者会見が行われたのですが、日本からの『ファンクラブ』ということで、ポーランド市民交流の会の影山さんと共に私もお招き頂き、その模様を覗うことが出来ました。会場で一年振りに再会したラファウとご家族はとても元気そうでしたが、妹のパウリナは授業優先のため、残念ながら同行できなかったとのこと。その代わりに前回の母校訪問でも紹介された、従妹のモニカが一緒に来ていました。再会の挨拶もそこそこに、会見のテーブルへと誘導されたラファウには、そこから一時間以上にも及ぶインタビューが待ち構えていました。「果たして会見のスピーチは大丈夫だろうか?。」と遠くから見守る私達を尻目に、次から次へと浴びせられる記者からの質問に対して、間髪無く淡々と答えるラファウ。このスマートさは、ここ数年間の世界ツアーの中で培われたものだと思います。その姿は私達にとても頼もしく映りました。

 激しく振っていた雨もコンサートの始まる頃にはすっかりやみ、会場のドボルザーク・ホール(芸術家の家)の周りには、夕刻の薄日差す、清々しい空気が漂っていました。大理石の円柱が立ち並び、美しい壁画や装飾で彩られたドボルザーク・ホールは、やはりプラハ、ヨーロッパの格式ある伝統を如実に感じさせてくれます。この素晴らしい場所でラファウの演奏を聴けるということは、前回同様、何にも増して贅沢なことでしょう。荘厳な外観とは裏腹に、ホールの中にはとても穏やかではいられない私達がいました。案内された席は2階右手のバルコニー席。演奏者の手が見たい方には物足りない席ですが、演奏者の表情が見たい方には良い席だったのではないでしょうか?。ただこれだけの集団がホールの一角を占めるとなると、他の観客の方々から否応無しに注目の視線が向けられることになります。やや気恥ずかしい気持ちになりますが、同時に舞台に登場するラファウからは、私達の存在を一目で確認出来るこということにもなるのでは?。その予想通り、開演となって登場したラファウは直ぐに私達に気付いてくれました。この日のプログラムは以下の通りです。

1.モーツァルト:ソナタ第9番

2.ドビュッシー:版画

3.シマノフスキ:変奏曲

− 休憩 −

4.ショパン:24の前奏曲

 ラファウの弾くモーツァルトは私自身初めて聴きますが、このソナタの第一楽章から強いインパクトを受けました。非常に速いテンポで目まぐるしく移り変わる情景に、まるで子供がおもちゃ箱をひっくり返して、夢中になって遊んでいるような印象を受けました。時に「はしゃぎ過ぎでは?。」と感じる程でしたが、この明るい第一楽章を、より明るく陽気に表現したかったんだと思います。果たしてこの先どうなることかと思いきや、一転して第2,第3楽章はとても落ち着いた、何か愛しさまでを感じさせる演奏でした。版画は昨年の日本公演でも披露していますが、その時と基本的に印象は変わりありません。緩やな音の響き渡る塔から始まり、とても技巧的な雨の庭まで、終始非常に鮮明な演奏でした。色で言えば少し原色が多いような。個人的にはもっと少し中間色の多い演奏を好みますが、これが彼の今のインスピレーションなんだと思います。シマノフスキのバリエーションを生で聴くのは浜松コンクール以来です。あれから約5年の歳月が経ちましたが、時に感情的に曲を盛り上げ、ミスタッチを冒すのを恐れないかの如くフィナーレへと突き進む様は、母国の作曲家が作ったこの曲への思い入れが、より一層増したかのようでした。

 休憩をはさんで後半は得意のショパンのプレリュードです。グラモフォンへのプレリュードの録音を行ってから、早もう一年が経とうとしています。そしてこの一年の間、世界中のピアニスト数あれど、彼ほどコンサートでこのプレリュードを弾た人は他にいないのではないでしょうか?。演奏は年月とともに、あるいはその時のコンディションによって変化するものです。この日のラファウの演奏は、録音の時のものとはだいぶ印象が異なりました。録音時の演奏における、一曲一曲をデリケートに弾くというミクロ的な曲の捕らえ方ではなく、曲全体を大きく捕らえ、よりダイナミックに弾くというマクロ的観点で弾いていたように感じます。特に後半にかけてはやや熱くなり過ぎの感もあったのですが、個人的にはこちらのスタイルも捨てがたく、何かの機会に再度録音してくれないだろうかというのが本音です。今改めてプレリュードを録音するとしたら、果たして彼はどちらのスタイルを取るのでしょうか?。ラファウが最後の24番を弾き終えた瞬間、会場は総立ちとなりました。昨年のミュンヘンでは見られなかった光景です。それに応えてこの日のアンコールに、まずは得意のワルツOp.64−2。更なる万雷の拍手へのお返しとして、最後にマズルカOp.56−3と、興奮する聴衆とは裏腹に、この日はしっとりと終演を迎えました。今回のコンサートにはポーランドの大手石油会社がスポンサーになっていたこともあり、終演後にはスポンサーからのサービスで薔薇の花が一人ひとりに配られました。これは2005年のショパン・コンクールの授賞式でも同様の光景が見られましたが、とても豪華なサービスだと思います。そして大変光栄なことに、このスポンサーからのご好意で特別に、私達全員を終演後のパーティーにお招き頂けることになっていました。プラハの観光名所であるカレル橋に隣接した豪華なレストランで、日付の変わる手前まで、美酒とご馳走の御相伴に預かることができ、とても楽しく素晴らしい時間を過ごさせて頂きました。もちろんブレハッチ・ファミリーと一緒に。

パーテイ会場、ラファウと片桐会長

【ドゥシニキでの交流 6月5日】

 一夜明けて翌日はプラハを経ち、一路ポーランドへと向かいます。ポーランドへは大型バスを使っての陸路での移動です。以前は物々しいパスポートチェックがあったとされる国境も、両国のEUへの加盟により、素通りでの通過となりました。実はこの日、ラファウのお父様のご提案により、ショパンも訪れたことで有名な、ポーランドのリゾート地のドゥシニキにて、ご家族と一緒に散策と昼食を行うことになっていました。ショパン同様、ラファウもご家族とこの地をよく訪れるのだそうです。平坦なポーランドには珍しく、ドゥシニキは比較的高地にあります。そのためどちらも天気はとても良かったものの、暑かったプラハから一転して、ここでは急に肌寒く感じます。ドゥシニキでは毎年夏にショパン・フェスティバルが開催され、マスタークラスや多数のコンサートが行われます。ラファウは過去に、マスタークラスの生徒として一度、出演者として一度招かれました一足早く到着した私達は、この地にあるショパン協会の建物へと向かいました。中には過去のフェスティバルのポスターや、過去に登場した錚々たる出演者の写真が壁一面に飾られていて、その中にラファウの姿もしっかり確認。

当時の写真を眺めているところでタイミング良く、ご家族の方々と合流することが出来ました。さすがにここではどういう格好が最適なのか、しっかり心得ていらっしゃいます。皆さんリゾート仕様のお姿です。さっそくお母様が先頭に立って、広い公園や遊歩道など、自然溢れるドゥシニキ散策へと案内して頂きました。ショパン・フェスティバルの行われるメイン・ホールへと辿り着くと、すかさずラファウがステージへ上がり、この場所がどのような所なのか、この地でショパンがどのように過ごしたか等、私達に詳しく説明してくれました。おもむろにステージ上のピアノの蓋を空けると、突然ショパンのコンチェルト1番のオケ・パートを弾き出したのはご愛嬌。ラファウがピアノに触るとなると、どうしても皆の関心は演奏へと向かいます。ご両親からの「ポロネーズでもどうか。」の一言で、一曲だけ英雄ポロネーズを披露してくれました。実はこの日、小学生が遠足でこの地を訪れていたのですが、どうやらラファウの存在に気付いたようです。よもやこんな所に、こんなスターがいるとは夢にも思っていなかったことでしょう、ホールの外は目の色を変えてサインを待ち構える、彼等の姿でいっぱいになっていました。

子供達に取り囲まれ、サインをするラファウ

ドゥシニキには有名な湧き水があります。日本で言うところの飲める温泉で、飲むと身体に良いとされています。少し酸味のある、やはり日本の飲泉によく似た味がします。「どう味は?。」「うん、おいしい。」そんな会話をしながら、コップを片手に飲泉を飲む皆の表情を覗っていました。その後一緒にランチとなりましたが、その時話してくれたところによると、どうやら昨夜のパーティーでは、深夜2時まで関係者達と同席していたのだそうです。少し渋った顔を見せたラファウでしたが、これも有名人のお勤めだから仕方がないでしょう。ここドゥシニキの水は、尚更ラファウには美味しく感じられたのではないでしょうか?。

ドゥシニキコンサートホールで演奏を披露

【ナックオへ再び 6月6日】

 ドゥシニキを後に、宿泊するビドゴシチのホテルに到着したのは、日付の変わる深夜12時にもなっていました。おそらくブレハッチ・ファミリーもご自宅に到着されたのは、私達と変わらない時間だったのではないでしょうか?。しかし翌日には私達が再びナックオを訪れる予定になっていました。長旅でお疲れの中、いろいろなご用意も大変だったことと思います。にも関わらず私達が乗ったバスを、笑顔で快く迎えて頂きました。その中にプラハに行けなかった妹のパウリナの姿を発見。あどけない女の子というような昨年までの印象に比べて、随分と大人びた姿になっていたことには大変驚きました。いま彼女はドイツ語を熱心に勉強しているとのことです。

前回同様ラファウの足跡を見てもらいたいと、再び母校の訪問から始まりました。昨年以上の数の日本人が訪れたのですが、すでに前例として刻まれているのでしょう、先生方、生徒の皆さん共々とても落ち着いて迎えて頂きました。最初に講堂へと案内されると、再びピアノでの兄妹共演、と行きたかったところだったのですが、ピアノに掛けられた鍵が見つからず、残念ながら再演はなりせんでした。前回の教室への訪問では、今回プラハに同行した従妹のモニカが紹介されたのですが、なんと今回はそのモニカの妹が紹介されました。ナックオにはまだまだラファウのご親戚が沢山お住まいのようです。授業中の地理の教室へ通されると、なぜか教室の後にはラファウのポスターが。(これは誰の仕業?。)

バレーボールのネットの張られた体育館にて、「得意なスポーツは?。」の質問にすかさず「ジョギング」と即答。何か特別のスポーツを期待されていた方々は少し残念そうでした。校舎内の掲示板にはこの学校の歴史とともに、ラファウの浜松やショパンコンクールでの写真や記事なども一緒に飾られており、まさに母校の誇りといった存在となっていました。

続いて訪れた教会といえば、ラファウの源点ともいえる場所です。訪れる度に何か特別な気持ちになります。あの寛容な容姿の神父さんも、再び私達を出迎えていてくれました。神父さんは日本人に対して大変好意を持っておられ、「次回はもっと大勢で来て下さい。」とのお言葉も頂きました。またこの訪問のため、ラファウの「兄貴分」の方がお手伝いをされていて、私達にも紹介して頂きました。神父さん同様とても人柄も良く、地元でバンドを組まれているとのこと。なんとラファウもバンドのメンバーの一員なのだそうです。教会といえば、忘れてはならないのがラファウの弾くオルガンです。参加された方の中にも、これを聴くのを楽しみにしていた方も多かったのではないでしょうか?。待ちきれずステージへと駆け上る彼の姿は前回と同様。そしてこの日は以下の曲を弾いてくれました。

ラファウの日本ファンクラブが来たと駆け付けてくれた、教会音楽隊のリーダー(右)牧師(中央)

・シューベルト:アベマリア

・ショパン:別れの曲(中間部省略編)

・バッハ:8つの小プレリュードとフーガより第4番からプレリュード

・ワーグナー:結婚行進曲

・ショパン:24のプレリュードより第4番

・バッハ:平均律第一巻より第5番ニ長調からフーガ

・バッハ:8つの小プレリュードとフーガより第1番からプレリュード

・シューマン:トロイメライ

・ベートーベン:悲愴ソナタより第2楽章

・バッハ:平均律第一巻より第9番ホ長調からプレリュード

・バッハ:ゴールトベルク変奏曲よりアリア

・バッハ:イタリア協奏曲より第3楽章

 曲の場面によって巧みにストップを操りながら、オルガンをまるで昔からの友達のように、とても愛着を持って弾いている姿が印象的です。そのせいでしょうか、どの曲にも何かずっと昔から聴いていたような不思議な親しみを感じます。私が特に印象深かったのが別れの曲でした。ピアノで聴く場合どうしても感じてしまう感傷的な響きが、オルガンでの演奏となると何か賛美歌でも聴いているような、とても暖かく安らいだ響きとなって伝わって来ます。やはり特別な場所で聴くラファウのオルガンは格別だと感じました。

 ランチを挟んでご自宅への訪問となったのですが、前回に比べツアーの参加者数も増えています。にも関らず再びご自宅へとお招き頂けるなどということは、本当に何とお礼を申し上げてよいか。ピアノのある部屋は前回にも増して綺麗に整頓されていました。実はラファウはビドゴシチにも練習室を持っているのですが、荷物を大分そちらに移した模様です。昨年置いてあったスタインウェイも練習室にあったものと入れ替たようで、部屋にはヤマハのグランドピアノが置かれていました。ピアノのある部屋の窓は普段閉めていないといけません。しかし初夏とはいえ強い日差しの差し込む部屋に、これだけの人数でお邪魔してしまったらどうしても開放せざるを得ません。

まずは6月30日の誕生日に一足早く、ファンクラブからのプレゼントとバースデーメッセージを渡すことに。実はナックオに行くまでの車中で、「Stolat」というポーランドのお祝いの歌を習いました。すっかり音が筒抜けとなった部屋で恐縮ながら、この歌を合唱するという演出も付けたのですが、本人が即座にピアノで伴奏を付けるというオマケまで付いてしまいました。参加された皆さんが持参したプレゼントを渡す場面では、一人ひとりどんなプレゼントなのか開封し、コメントを入れながら丁寧に応対してくれていました。ここ2日間、演奏会の他に深夜までのお付き合いや、長距離の移動などで疲労も溜まっていたことと思います。今年2月のイタリア公演後、影山さんとの会話の中で、「今度はカタギリにピアノを教えよう。」などと言っていたものだから、真に受けて少し練習して来ました。「少しラファウを休ませてあげよう。」という意味も込めてピアノの前に座ったものの、粗相なお手前を披露するに終わってしまいまったことは、痛恨の思いです。赤面の面持ちでラファウに席を譲ると、「何弾くんだっけ?。」などとトボケながら以下の曲を弾いてくれました。

・ショパン:コンチェルト2番の第2楽章(途中まで)

・モシュコフスキ:火花

・ショパン:24のプレリュードより第17番

・ショパン:マズルカOp.17-4(途中まで)

・ショパン:仔犬のワルツ

・雨に歌えば(パウリナとの共演)

・ショパン:24のプレリュードより第15番雨だれ(途中まで)

・ドビュッシー:ベルガマスク組曲より月の光

・ドビュッシー:ベルガマスク組曲より:パスピエ

・ショパン:ソナタ第3番より第4楽章

・モーツァルト:ソナタ第9番より第一楽章

連日の疲れの中、それでも私達への歓迎の意味も含めて、こんなにも弾いてくれた彼には本当に感謝です。途中参加者の方へのちょっとしたレッスン・タイムなども入れてくれたのですが、ほんの少しながら「神様」からの手解きは、とても貴重な体験となったのではないでしょうか?。

ナックオの自宅でたくさんの曲を披露してくれました。

 ナックオを後にする間際、ドライバーの方が帰りのルートについて暫く迷っていました。時間を持て余していると察するや、スッとバスの中に乗り込んで来て、「日本までいこうか?。」なんて冗談を言いラファウ。最後の最後までファンサービスをしてくれた彼と、前回にも増して長い時間を共有できた思い出は、この爽やかな初夏の日差しと共に、皆の脳裏に深く刻み込まれたのではないでしょうか?。ご家族の方々のお見送りの中、とうとう出発してしまったバス。それに向かってラファウは、その姿が見えなくなるまで、ずっと私達に手を振ってくれていました。(終)

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学校で、ファンクラブと記念写真

ファンクラブ会員(25歳・主婦)   ラファウさんの音楽を聴いていると、よく良い音楽を評価するのに「万人に受け入れられる音楽だ。」という風に表現する事がありますが、私はラファウさんの音楽は「万人を受け入れてくれる音楽だな。」といつも思います。今回の旅は、まさにそれを音楽だけでなく、全てにおいて実感する旅でした。ナックオでは、ラファウさんの方からたくさんの質問を頂いたり、話し掛けていただいて、とても気さくに接して下さいました。プラハのコンサートでは、ラファウさんにしては珍しくミスが感じられましたが、私は前回聴いた完璧な演奏よりも、むしろ音楽的に大きく心を動かされました。残響時間の長いホールでしたが、プレリュード4番では倍ほど音がよく響き、まるで旋律を誰かが歌っている声が天井から降り注いでくるような、複雑で崇高な音を経験し、とても感動しました。 また、教会や御自宅でラファウさんの演奏を聴いている時も、バスの中でのラファウさんとの出会いや、ポーランドの善意の架け橋のお話を聴いている時など、何度も涙腺の緩む場面があり、感情のコントロールが難しかったです。  『人間の心や思いやりの大きさ』を、旅の間ずうーと感じていました。(終)

ドゥシニキで、健康にいいという水を試飲、左からいとこのモニカと母

ファンクラブ会員(62歳・会社員)  「感動して是非また聞きたい」と思ってもらえるかどうか、それがプロとしてのデビューで大事なこと、とある若手ピアニストのデビューコンサートを前にして先生がおっしゃっていた言葉でした。

私にとってブレハッチはまさにその通りの人でした。是非また聞きたい、また聞く機会はないか、と探しているときに見つけたこのツアーで素顔のブレハッチに接し、感動をあらたにしました。舞台にいるブレハッチからもそれは十分読み取れますが、本当に誠実で飾りの無い純粋で優しい人です。自然にわたし達と接してくれたことは本当に嬉しいことでした。

どんな質問にも丁寧にまじめに答えてくれました。 重そうなものを持っていると持ちましょう、と優しい心遣いを見せてくれました。そんなあつかましいこと、と思うようなことにも一生懸命答えてくれました。エージェントが聞いたら目を回してしまうのではないかと思うような、自宅での多くの演奏、それも全て心がこもっていて嬉しかったです。『もう少し不遜なところも身につけないと世界の荒波に呑みこまれてしまうのではないか』と少し心配になるほどです。でもブレハッチのバスのフォルテの美しい逞しさにきっと芯が強い人なのでしょう、と思っています。

まだスタートに立ったばかりのブレハッチの今後の活躍と成功を祈っています。(終)


教会入り口で出迎え、中央が神父様、写真を撮る父(右)母(左)

ファンクラブ会員(25歳・会社員) ブレハッチ家族との楽しい時間が終わり、私達がナックオを離れる時、一番後部座席に座っていた私は、後ろのカーテンを開けて手を振りました。するとラファウはそれに応えて、いつまでもいつまでも、ずうと見えなくなるまで手を振り続けてくれました(たぶん私だけが見たシーンです)。本当に見えなくなるまでです。今度は、私がその姿に応えたくて、こちらも振るのをやめられなくなってしまいました。その時のラファウの姿が今でも目にやきついています。

 少し大袈裟に思われるかもしれませんが、私はこの旅を通して、自分の人生が変わった気がします。実は、旅行に行く前に、仕事の事や大好きなことで、嫌な思いをしたり、気が落ち込んでいて、この先良い事なんてあまりないかな、、なんて思いながら、ラファウのピアノと音楽だけを楽しみに過ごしていました。でもこの旅で、ラファウやブレハッチ家族の暖かさに触れ、ラファウのことが大好きな皆さんと思いを共有しあえ、そしてラファウと一緒に夢のような時間を過ごす事ができて、何にもかえられない宝物ができました。(終)

学校の体育館も見学、ここで卒業試験をしたという。リラックスするラファウ  

ファンクラブ会員 (56歳・ピアノ講師) ブレハッチのピアノの原点が知りたくて今回の旅に参加しました。コンサートも、とても良かったのですが〜ドウニシキで子ども達にも優しく、そして私達のために、ピアノをさりげなく弾いてくれた時は、コンサートではない自然な感じで心がフワァとした気持ちになりました。ラファウが育った町、学校、教会を訪ねて〜優しい穏やかな気持ちになりました。教会で響いたオルガンの調べ〜涙が溢れて幸せでした。神様に感謝。

自宅訪問、コンクールで出会ったラファウの家に。夢のような事が現実になりました。温かな、優しい空気が流れ〜私もこの空間にいると思ったら、彼のピアノの音色、とても胸にジーンとせまりました。ブレハッチ家、本当に良い家族ですね。感謝の気持ちでいっぱいです。(終)

ファンクラブ会員(24歳 会社員) おわって見ればあっという間だったような、けれども1日1日が本当に濃い1週間でした。ありえないような出来事が次々と現実になりました。まずブレハッチファミリーは本当にあたたかい家族です。プラハでのコンサートの後、深夜まで続いた祝賀会、翌日の長距離移動と疲れていないわけがないのに、そんな表情は一切見せずに私たちのためにさまざまな準備をし、細やかな気遣いをして下さいました。その上、何度も「ありがとう」という言葉を頂きました(特にお母さんは日本語で繰り返し「ありがとうございました。」とおっしゃっていました)。ラファウ本人については、間違いなく世界のピアニストの1人なのに私たちと接するラファウはあまりに自然体です。本当のところはとても気を遣って疲れていたかもしれませんが、少なくとも私たちにはそのように感じさせませんでした。それはいい意味で自分に自信がなければできないことだと思います。自分というものをしっかり持っているから、それが演奏にも表れているのでしょうね。その上、こんなにいそがしい中で彼は英語も話せるようになり、ドイツ語や哲学も勉強中というのだから!才能も努力がなければ開花しないわけですが、その「努力」について・・・がんばることは気合いさえあればある程度、誰でもできることだと思います。実際にラファウを見て、人と少し違うかなと感じたのは、とにかく人の話をよく聞く。それもふつうの人なら流すだろうと思われるような細かい内容も自分が納得するまでちゃんと聞く、という点です。1つしか歳が違わないのに(しかも私の方が年上なのに)つくづく自分が何もできない、やろうとしていなかったんだな、と痛感させられました。私自身がもっと成長して自分というものを持たなければ、近づけないような気がしました。言葉は意思伝達の手段として必要不可欠ですが、伝える中身がなければ意味がないですから。がんばります!それから・・・ラファウは本当にすごいのですが・・・もちろん年相応の部分も見られました(^^)どこがどう、というわけではないのですが、ちょっとした態度とか日本の同級生たちに似たところがあるな、と感じる瞬間も。だからこそこれからどんどん成長して変わっていくラファウを見られるということが幸せだと思います。楽しみです!最後に今回、実際にナックオまで足を運んでみて、なんて遠いところからはるばる日本まで演奏しに来てくれているんだろう!ということを実感しました。その距離を考えると日本中の演奏会を聴きにまわっても大した距離ではないです。1回1回のコンサートをよりありがたく聴かなければ、そして1人でも多くの人に聴いてもらえるようみんなに広めていかなければと思いました。影山さんがそれこそがブレハッチ一家への最高の恩返しになる、とおっしゃったことをこうして旅を振り返りながら改めて胸に刻んでいます。ツアーメンバーのみなさんには大変よくして頂きました。初めに心配していたことがうそのように、帰る頃には1週間前に会ったばかりとはとても思えないくらい親しくなり、次回、コンサートで会おうと約束して帰ってきました。みんなで言っていたことですが、意外にふだん周りになかなかラファウ初め、クラシック音楽のことについてお話する仲間もいないので、今回思う存分お話できて楽しかった!そういう方とたくさん知り合えたことが貴重だったと・・・。本当にこのような機会を設けて下さいましてありがとうございました。(終)

ドゥシニキの公園をみんなで探索

ファンクラブ会員(51歳 主婦): 第1回、そして第2回目のブレハッチを訪ねる旅に参加する事ができ、本当に幸せでした!今回もラファウ君の素晴らしい演奏を間近で聞く事ができ、ブレハッチ家の皆さんのかわらぬ真心に接し、ますます心が魅せられてしまいました。いままで、いろいろなピアニスト、指揮者、オペラ歌手などお気に入りのアーティストはいましたが、こんな気持で応援してあげたい・・!と思った事はありませんでした。旅行に参加していなくともきっとファンだったと思いますが、普段のラファウ君を知る事ができ、その人柄の素晴らしさが、あの気品にあふれた演奏に結びついている事が確信でき、これからもずっと応援していきたいです!こんな気持になれるような素敵な若き音楽家に出会えた事は私の心の宝物です。(終)

オルガンのある教会のバルコニー、近くで演奏を聴く人、階下で聴く人、感動でいっぱい。

ファンクラブ会員 渡邊まなさんの旅絵日記も御覧下さいhttp://middlevoice.makibishi.jp/Polandtravel2008Top.html

ファンクラブ会員(32歳 ピアノ講師): 前回参加された方のお話から、ブレハッチさんは本当にいい人なんだなと思っていましたが、実際何度も間近にお会いして、そのナチュラルで温かいお人柄に言葉にならないほど感動しました。心から私たちを歓迎して下さり、ブレハッチファミリー皆さんお一人一人がとても楽しんで私たちと過ごしてくれているのがわかりました。

 以前は華奢で遠慮がちな印象のラファウさんでしたが、活躍の場が増え、鍛えられたのでしょう。今はオープンで堂々としていて、逞しさを感じます。それは演奏からも感じられました。どんどん成長し進化していく彼を見られるのは嬉しいことです。

 ファンから写真攻めにあっていて、うんざりしてないかと心配でしたが、一緒に写ってくれた時、私のデジカメがちゃんと撮れたか画面をチェックしようとしてくれました。なんて親切で心のきれいな人なのでしょうか。些細な出来事かもしれませんが、彼の優しい人柄に大感動でした。彼は親切にしようと努力しているわけではなく、ごく自然な事なんだと思います。だからあのような人の心を打つ、天使のような美しい音楽を奏でられるのだと思います。ラファウさんはポーランドの宝、世界の宝です。彼のようなすばらしい青年を応援できて、しかも友達にもなってもらえて本当に幸せです。

そしてラファウさんを慕って集まるファンの方たちも穏やかで良い人ばかりだなと思いました。今回ツアーでご一緒した皆さんとお友達になれたことも私の宝物です。

影山の追想:

薄明かりの静寂な教会で聴く、ラファウのオルガン演奏は、心がきれいな水で洗われるようだった。

バルコニーで演奏するラファウを見上げでいた私たちから、オルガンの上の鏡に、彼の顔が写りました。ラファウは階下の私たちに気がつき、鏡に向って微笑んだ。私の隣に立って、カメラを構えていたKさんに、思わず「撮って」と、頼みました。『Kさん、上手く撮れたかな?』その後、彼女は、椅子に座り込んで、何度も何度も流れる涙を拭っていたので、それ以上の会話ができませんでした。

 2003年、浜松国際コンクールで偶然ラファウ・ブレハッチに出会った。あの時、このような日を迎えられるとは、想像もしなかった。支援したい若き巨匠のピアニストに出会えた事、一生でそんな出会いはありえなかったかも知れない。

『人生の究極は邂逅にあり』

「邂逅とは人と人とのめぐり会い、出会いのこと。このことを抜きにして人生は成り立たない。人と人との出会いによって人生は始まり、またこれを通じてその内容が成長発展し拡充高揚されていく。人生というものはしょせん、人と人との出会いを媒介として実現されてゆくものと信じる。ただ出会うのみでは意味がない。*会う人に求める心がなくして邂逅とはいえない*」

2009年2月のラファウ・ブレハッチの来日を記念して、『ブレハッチを訪ねる旅・写真展』をファンによるボランテイアで開催される。会場は、カワイ表参道3F。2/14ー20

ブレハッチ ジャパン ファンクラブ事務局 :砂子祐子

連絡先:e-mail : ra_piano2005@yahoo.co.jp fax: 053 523 1297

(問合せ)記録 事務局:影山 e-mail: mieko@orange.ne.jp

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今までの「ラファウ・ブレハッチを訪ねて」シリーズも御覧下さい。

Prosze zajrzec na strone.

●音楽の友/5月号 掲載記事:ミラノでブレハッチに会う(海外取材、レポートとインタビュー)

音楽の友/5月号掲載 特集鍵盤道を極める匠たち『ラファウ・ブレハッチ、ショパンを語る』

2008/2月 ブレハッチを訪ねて:11 ミラノコンサート

2007/3月 ブレハッチを訪ねての旅-1 ミュンヘン〜ナックオ記事掲載その1(月刊ショパン、ムジカノーヴァ)/   記事掲載その2(ピアノスタイル)

RAFAL BLECHACZ ブレハッチを訪ねてビドゴシチ:9(07/9)Ukonczona Akademia

ブレハッチを訪ねて8:名古屋公演プログラム 5.31.2007 Program koncertu w Nagoi

ブレハッチを訪ねて7/ドイツ〜ナックオの旅 04/2007 Podroz do Nakla

☆ブレハッチファンクラブ親睦会報告 11/2006 Spotkanie fanklubu w ambasadzie

☆ブレハッチを訪ねて 6:来日記念インタヴュー(06/11) Wywiad przed przyjazdem do Japonii

☆ブレハッチを訪ねて 5:音楽祭inワルシャワ(06/10) Festiwal w Warszawie

ラファウ・ブレハッチを訪ねて.4 :「優勝後」6/6 Zwyciezca Konkursu Chopenowskiego

ブレハッチ近況.インタビュー6月10日付、06 Wywiad z okazji jego urodzin

☆ブレハッチメッセージ 06.7.16 Przeslanie Rafala

☆ブレハッチを訪ねて3.:ブレハッチファンクラブ代表片桐章利氏(2006/1/10)Pan Katagiri - prezes fanklubu
☆ラファウ・ブレハッチを訪ねて2.:優勝!(2005/11月 Zwyciestwo

☆ポーランドの新星ラファウ・ブレハッチを訪ねて1(.2004 /4) Nowa polska gwiazda