井川知海(ヴァイオリン独奏、浜松付属中学3年)「ワルシャワ浜松Jr.フェス」旅行記

5月31日

さすが12時間以上かけて行き着いたポーランドは、とても上品で、風情があった。古い石造りの街並がどこまでも続き、石畳の歩道に上品な街灯が、その歴史的な街並をより美しく見せていた。

これから数日間お世話になる、「我が家」はジェカンカ(音楽大学寮)の一室でこれもまたどこか上品だった。すぐそばには有名なワルシャワ大学、ショパンの心臓が納められている聖十字架教会があり、これからの生活がとても楽しみだ。

 空港を降り立ったとき、ワルシャワ工科大学教授であり、ポーランド市民交流友の会の会長で、今回のイベントの最高責任者であるヤブオンスキ教授がわざわざ私達を歓迎してくださった。それだけに私達は期待されている事を改めて実感した。ポーランドと日本をつなぐ架け橋として恥じない演奏、そして行動を心がけていきたいと誓った。

ショパン国際空港到着、長旅でした。

6月1日

 今朝は早く目が覚めた。まだ4時というのにやけに外が明るいせいだ。ポーランドはこの時期、日照時間が長いらしく夜8時過ぎまでは日が沈まない。結局頑張って寝て6時に起きました。

やはりヴァイオリンを弾くと響きが違う。音が柔らかいと言うか、きつくないと言うか、、、。とにかく、日本で弾くのとでは、音、ハーモニーが柔らかく、自然だ。 ひとしきり練習した後、市長表敬訪問へでかけた。ワルシャワ市の皆さんも私達に寛大な期待を寄せており、新たに日本代表の責任の重さを感じた。

ワルシャワ市役所で、正装した影山事務局と。

いよいよ日本人学校で最初の演奏をした。5分間の演奏時間だったが、想像以上に喜んでいただき、生徒や父兄に熱烈な拍手でアンコールの催促をいただいた。とても嬉しかった。さらに感動的だったのは、ヤヴオンスキ教授に「素晴らしかったです。」と言われたことだった。

日本人学校で演奏。みなさんに喜んでいただきました。

やっぱり音楽って言葉のない会話なんだなと思えた。野心や傲慢な気持ちを持って弾くとどんなに上手くても感動しない。観客や支えてくれた人たちに「感謝」する事が大切なんだなと思った。

日本人学校で記念写真。

次の公演はドロズカルニア文化センター(第1回ワルシャワ浜松Jr.フェスで日本に来た舞踊団所属)です。正直「野外」のステージで弾いたことはあるが「野ざらし(?)」のステージで弾いたのは初めてだった。、、、屋根がない。そのこともあり音がよく響かなかった。皆は喜んでくれたけれども、ヴァイオリンの限界を感じた。無理をしない。そのことも大切だ。

ドロズカルニアの野外ステージで、大使夫人も来られました。

演奏している時、影山さんの隣に座っていたのは、な、なんと日本大使夫人!一瞬ヒヤッとしたが、大使の娘さんがヴァイオリニストという事もあり、「上手でしたよ」と寛大な意見をいただいた。とてもほっとした。演奏が終わると、いよいよホームステイ。マリオッシュという青年が迎えに来た。これから2日間彼らにお世話になる。感謝を忘れないようにしたい。

6月2日

今日はマリオッシュとバンドグループの練習を見に行った。マリオッシュもこのバンドグループのメンバーで歌の担当だそうだ。バンドといえば、ドラムにエレキギター、電子オルガンでガンガンに演奏するイメージがあったのだが、ポーランドのバンドは、なんとエレキヴァイオリンなるものや、トランペット、太鼓を使って、やっぱりポーランドらしさを失わないハーモニーを奏でていた。僕もエレキヴァイオリンをちょっと弾いたりして、アンサンブルの楽しさを知った。

 この後、僕たちはショパンの生家に行った。質素だが清潔感のある美しい家で、そのむこうには森がどこまでも続いていた。(正式にいうと「庭」だ。)木々の一つ一つの呼吸と、静かな川のせせらぎの音がこの森の中にはあって、ああ、これがポーランドなんだと思った。

ホームステイしたマリオッシュと、ショパン生家で、ショパン像にタッチ!

 今僕がこうして生きていく中で、いろいろなものに憧れ、自分の力にしていくということはたくさんあると思う。でも力にするということは見よう見まねじゃなくて、自分らしさがあるということじゃないかなと思う。

 今の日本、近代化はしたけれど、なんだか淋しいなと思う。昔の日本は、全ての他の人、物に対して、感謝と謙虚をする国だったのに、いろいろな文化が入ってきてから、その日本らしさが薄くなり始めている。だから今犯罪が多いし、いろいろな問題があるんだと思う。この国をどう変えるかは自分たちの使命だけれども、日本らしさ、さらには僕たちらしさのある未来を作るべきだと思った。

 この後、バーベキューパーティーに参加した。今まで話せなかったドロズカルニアの人たちといいコミュニケーションが取れてとても楽しかった。

 僕がポーランドにいるのは遊びだけはなくて、浜松の未来を変えることなんだと思う。だからこそ、今何が出来るかを責任を持って考えて行きたい。

文化センター館長ミハラク女史(中央)と通訳さん(右)。

6月3日

今日は、教会の特別舞台で演奏をすると言うことで、教会へ向った。正直に言ってこんなに広い教会とは思わなかった。石造りの古くて、美しい教会だった。あの教会の、美しさ、質素、清潔、品位は、僕にとってかけがえのない財産になったと思う。どんな音楽であっても、「心」がなければそれは音楽ではない。弾かせてもらう。この気持ちは何よりもあの教会の美しさに似ているなと思った。この記憶を大切にしたい。

教会で演奏。森の中で音響もよく、大勢の方に来ていただきました。

演奏は好評だった。やはり、音楽にも意味を持たせると、観客の心も変わってくるんだなと実感した。この時、ピアニストの方もいらっしていて、「うまかった」と言っていただいた。

文化センターでピアニストと一緒に演奏のチャンスもいただきました。

時は早く過ぎるものだ。今日でマリオッシュとのホームステイは終わりとなってしまった。短い時間だったけれど、ここで学んだことは一生の宝だ。マリオッシュ家族に感謝したい。僕はまだまだヒヨッコだけど、この思いを大切にしていきたい。

6月4日

今日は朝早くに、旧市街のほうへヴァイオリンを弾きに行った。路上の演奏は、日本ではできなことなのだが、ポーランドでは日常茶飯事らしい。旧市街は響きがよかった。通りすがりの人は、「お、日本人や!」とでも言いたげに、ニコニコと笑いながら聴いてくれた。

学校訪問をした。日本語とポーランド語の簡単な勉強会の後、演奏会をやった。日本人のヴァイオリン弾きは珍しいのか、やりすぎと思えるほどの拍手がきた。うれしかった。

体育館で演奏。拍手喝采をいただきました。

授業見学、日本語とポーランド語の交換レッスンも。

その後、世界的に有名な民族舞踊団(マゾォフシェ)を訪問し、舞踊のワークショップに参加した。影山さんによると「日本で言うと、歌舞伎の中村勘三郎から手ほどきを受けるくらい、すごいこと!」だというので、厳粛なイメージをしていたが、ダンスをわかりやすく教えてくれたり、とても馴染みやすく上品だった。ポーランドの文化に触れた後、文化センターに行って、ポーランドの子供達とレクリエーションを体験した。

あまりの美しさに見とれてます!

こうして僕が有意義な時間を過ごせるのも、支えてくれる人がたくさんいたからだと思う。もしかしたら僕の代わりにだれかが行っていたかもしれない。そんなことを考えると僕はなんてちっぽけな存在だろうと思った。一人一人が目立とうと思えば思うほど世の中の秩序は乱れていくと思う。周りの人と、協力しあい、助け合い、感謝しあえるような、そんな人に僕はなりたい。

6月5日

 今日は決心していた、買い物へ行った。ハムもいいかなと思ったが高かったのでないよりはいいと思ってインスタントスープを買ってきた。これがなかなか美味しかった。

 その後、聖十字架教会へ行った。ショパンの心臓が納められているといわれる所まで行って、また懲りずに手を触れてきた。素晴らしい音楽家になることを改めて決意した。

ショパン聖十字架教会。

 散歩を終えた後、学校へ行き、生徒たちに日本語を教えた。教える立場になると、可愛さが増すもので、ついつい熱中してしまった。とてもよいコミュニケーションが取れたと思う。

 この後、ポーランド大使殿の所へ訪問した。随分固いイメージを持っていたけれど、優しくて、ものすごい感性の持ち主の方だった。ポーランド大使殿からは、音楽家が英語やドイツ語を習うのは、音楽家の真の心を知るためだと教わった。例えばバッハの伝記や、ベートーヴェンの日記は沢山日本語に訳されているけれど、これをそのままの形で見ることに価値があるんだということを言っていただいた。

 ポーランド大使夫人とは、平和について理解を深めることができた。ポーランド大使夫人との話を通じて、僕は思った。

日本大使館公邸、(左から)影山さん、ひとりおいて内山さん、大使夫人と大使館の方

 この世の中から争いが絶えないのは自分が知らないものを、自分と違うものを、怖がって、区別しているからだと思う。怖がることは嫌悪につながる。嫌悪は怒りに、怒りは武力に、そして武力は破壊を生む。私たち一人一人が他人の意図を理解し、それを認め、今何が出来るかを考え、実行する。難しいようにみえて本当は簡単なんだと僕は思う。僕のヴァイオリンで今何が出来るだろう。ぼくはそのことを胸に、真のヴァイオリニストになりたい。

大使館公邸、大使のお話いただいています。

 この後、ワークショップがあり(演劇の練習の本格さに舌を巻きました・・。)最後の公演があった。最後は映画館のステージで思いっきり弾いた。多分一番いい演奏だったと思う。拍手もひときわ大きく感じられて楽しかった。

 気が付けば「夜」になっていた。8時の空は真っ赤な夕焼けになっていた。この景色は一生忘れられない

 ドロズカルニア劇団が盛大なお別れパーティーを開いてくれた。僕は通訳さんの勧めでもう一度弾く機会に恵まれた。弾き終わったときの、やや哀しげなあの笑顔は忘れられない。僕は明日で日本に帰国する。あっという間に旅は終わってしまった。でもそのあっという間に沢山のことを学んだ。僕を支えてくれた影山さんや、橋本さんや内山さん、ドロズカルニアの皆や通訳さん、そしていろいろなことを教えてくれた種村先生御夫妻とKAIKO500の皆さんに感謝をしたい。いい経験をさせてくれてありがとうございました。

ショパン像のワジェンキ公園で。この像のレプリカが浜松市アクトにある。

最後に、この旅に参加させてくれた両親に感謝します。(終)

☆ワルシャワ・浜松Jr.フェス報告 6/30.07

ワルシャワ・浜松Jr.フェステイバル in Poland 開催2007/6

ポーランド少年少女舞踊団交流報告 2006/11

NEW★春期ヴィエニヤフスキ・ヴァイオリン セミナーin POLAND 開催

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