「音楽の友」11月号掲載 来日記念インタビュー    

取材・文:ポーランド市民交流友の会 影山美恵子

ありのままの「ラファウ・ブレハッチ」でありたい

★フェステイバル「ショパンとショパンのヨーロッパ」での演奏はいかかでしたか?(8月23日演奏会後)

ラファウ・ブレハッチ(以下B):ワルシャワ市の皆さんに新しいレパートリーを聴いて頂き,またそれを喜んで頂きとても嬉しかったです。

(演奏曲:前半・バッハ「イタリアンコンチェルト」,ドビッシー「ベルガマスク組曲」「版画」。ショパン:幻想ポロネーズ、『マズルカ』作品50など)選曲は自分でしました。[幻想ポロネーズ]は、彼の死の3年前に作られた大曲で、演奏する方も,聴く側にも困難とされて、それほど多く演奏されていないように思います。みなさんにもっと聴いていただこうとあえて選びました。マズルカ作品50はポーランドの国民色強い曲です。自分自身の中のショパンを表現しました。

★ 聴衆全員がスタンデイング・オヴェーションで、温かい声援をおくっていましたね。あの大ホールがとてもアットホームな感じで、『みんな、ラファウ・ブレハッチが大好きなのだ!』と、ひしひし伝わってきました。

B:(笑)ありがとうございます。とてもありがたいことです。

ショパンコンクール受賞コンサート直前05年10.24/疲労が頂点に達していた。(影山撮影)

★ショパン・コンクール優勝前と優勝後では生活は随分変わりましたか?

B:ショパンコンクールの優勝は、僕の想像を超える素晴らしいチャンスを与えてくれました。国内はもちろん海外での演奏会や録音の依頼もたくさん入っています。コンクールが終わって、自分の町へ帰った時は、町中がパレード・祝賀会と大騒ぎでした。記者会見、インタヴュー、サイン攻めと、初めは戸惑いました。今ではペンを渡されると、すぐサインする自分に驚くことが有ります。(笑)

コンクール優勝がこんなに人生を変えることは驚きですが、それを丁寧に見つめ、今後も期待に応えるように努力していきます。

国際コンクールに初めて参加したのは、2003年の浜松国際コンクールでした。父と二人で生まれて初めての遠出でした。当時は、海外へはウイーンでのオーデションが一番遠い旅行でしたから(笑)。浜松ではポーランド語を分かる方はもちろんいませんでしたから、同行した父の戸惑いもよく分かりました。期間も長く精神的にも肉体的にも大変辛かったですが、それをやり遂げました。あの時の経験が今回のコンクールに自信をつけてくれました。僕一人で得たのではありません、そこには日本の方々が、演奏に集中できるように「ベストの環境」をと、まったく無名の僕を親身になって助けてくれました。コンクールは、両親をはじめ恩師、いろいろな周りの方の応援があって成功するものと思っています。生活環境は忙しく変わりましたが、僕は「初心」と「感謝」をいつも心に留めて,今後も研磨を積んでいきたいです。

サインに答える(ワルシャワ市、ショパンアカデミー学院夏期セミナー日本人受講生達と)

日本は、世界へ飛び立つチャンスを与えてくれたところです

* いま、ピアニストとして一番力を入れていることは?

B:一つの演奏会にはたくさんの準備が必要です。新しい自分を見せていかなければなりません,それにはレパートリーを広げることです。それの準備の時間が確保できて初めて演奏会ができます。

たとえばショパンのレパートリーをもっと広げていきたいです。まだまだ弾いていない作品がありますから。もちろん他の作曲家についても同じです。慎重に選択しながら、少し別な大型な作品も勉強して幅を広げていくことが今の課題と思っています

* 今後、コンサート・ピアニストとしてこれからやっていく上で、勉強しなければならない、身に付けなくてはならないと思うことは?

B:僕は、ありのままの「ラファウ・ブレハッチ」でありたい。ショパンを演奏する時も、ラファウ・ブレハッチの中のショパンを演奏しています。演奏するときは、その曲を愛し、ピアノと同一化し、曲の感情すべてを表現することだけ考えています。それには技巧的なことが100%完成されていないとできません。

僕が心掛けているのはそれです。

演奏会後の晴れ晴れしたブレハッチ(ポーランドで)

* この秋からのシーズンは、どのようなシーズンになりますか?

音楽祭が終わってすぐに、ビドゴシチと僕の住んでいる町ナクウォで演奏会があります。今年1月ワルシャワ・フィルと一緒にショパンコンクール凱旋日本公演をしていた時、指揮者アントン氏と、「こんな素晴らしい演奏会を、ポーランドでも再演したいですね。」と言う提案が実現しました。ナククオでは大きなコンサートホールが無いので、教会で行います。コンサートピアノもありませんから、スタインウエンをワルシャワから運び込みます。入場料は無料です。もちろんノーギャラです。これは、地元の皆さんへの感謝の気持ちを込めたコンサートです。僕の友人達の多くは今でもその教会で合唱や合奏の奉仕をしています。実は、僕も以前までオルガニストとしてその教会で奉仕していました。

そのあと、9月19日はスイスのチューリヒでショパンの協奏曲第1番を演奏します。コンサートホールはヨーロッパの1、2位と言う,音響の素晴らしい会場です。10月12日は、ワルシャワで、そして11月は日本へ行きます。12月16日はオランダのアムステルダムで演奏会が有り、ラジオ放送でも演奏します。今年はだいたいそんな予定です。大学では個人コースなので、今自分が何学年か把握できていません(笑)。卒業までに論文が2教科残っています。冬休みまでに終わらせたいです。こんなこと話していると、なんかとても現実的で,焦りますね。(笑)

レコード会社と5年間の契約をして、来秋ショパンのソロとコンチェルトが日本とドイツで最初に発売予定です。

★ 11月来日に向けて、日本のファンの皆さんに一言どうぞ。

B:4回目の訪日を楽しみにしています。今でも日本での公演を思い出します。ある会場で、なかなか拍手が止まないので、会場の皆さんへ「アンコールに何かリクエストがありますか?」とたずねたら、客席から紙にリクエスト曲を書いて応えてくれました。客席とステージが一つになって嬉しかった、感無量でした。日本人の方がショパンを愛されているのがよく伝わります。僕にとって日本は、世界へ飛び立つチャンスを与えてくれたところです。感謝と親愛の気持ちで一杯です。新しい僕を聴きにに来て下さい。

「音楽の友」11月号掲載

ポーランド市民交流友の会 Homeヘ戻る