平成13年7月1日ポーランドの偉大な星、ステファンスカ教授が他界されました。

6月にワルシャワから、ステファンスカ教授が入院され、重体であることを知らされ、そして突然の悲報でした。来る8月、ワルシャワ市でショパンアカデミー学院夏期セミナーを担当していただく、再度の確認を4月に賜わったばかりでした。   『ステファンスカ教授の死は、ポーランドの一つの時代が終わったようです。』  ポーランドを熟知されているある方がおっしていました。

ステファンスカ教授は御自分の短命をすでに2年前に告知されていたそうです。それゆえ、精一杯御自分のピアノ人生をまっとうされたような気がします。教授はこの2年間猛烈に活動され、日本でも多くのピアノ愛好家にショパンの神髄を伝授する使命感を貫いたと思います。2年半前、幸運にも教授にお会いすることが出来、そのことが、地元新聞に掲載されました。それを御紹介し、ステフンスカ教授の御冥福をお祈り申し上げます。尚、記事内容はすべて1998年当時のものです。  

         1998年11月20日(金曜日)中日新聞 掲載        ハリ−ナセルニ−さん(中央)と長女エリザベータさんと対談する影山事務局=浜松市内のホテルで

     

ポーランドと音楽交流を きょう、あす公演 世界的ピアニスト来浜

ショパンの演奏で世界有数のピアニスト、ハリーナ チェルニ−=ステファンスカさんと長女でチェンバロ演奏の第一人者エリザベ−タさん(いずれもポーランド出身)が19日、公演のため浜松市入りした。同夕、ポーランドと日本との市民交流を勧めているポーランド市民交流友の会(事務局細江町)影山美恵子事務局が浜松市のホテルで対談、音楽文化を通した両国の交流促進を申し合わせた。

友の会は今夏、ショパンを輩出したポーランド国立ショパンアカデミー学院で日本人を対象に初のセミナーを主催。この関係もあって今回、日本ショパン協会の橋渡しで影山さんと2人の出会いが実現した。

影山さんがセミナー参加者の奥村友美さん=東京芸大2年生、浜松市出身=がその後、ポーランドのビドコシチ市で開かれた国際パデレフスキ−ピアノコンペテイションで1位となった成果にふれると、ハリ−ナさんは「とても素晴らしいことです。今後もそうした活動を勧めポ日交流を深めてほしい」と絶賛した。

ハリーナさんは1949年、ショパン国際コンクールに優勝。大の親日家で42年ほど前から、ほぼ毎年、来日公演を続けている。ワルシャワ市と音楽文化交流を結んでいる浜松市とは昨年、第3回浜松国際ピアノコンクールの審査員を務めたのが最初の縁。今回は、浜松市福祉文化会館で開かれる「ショパンフォーラム`98」(浜松市、河合楽器製作所共催)のため再び浜松を訪れた。

フォーラム初日は母娘のジョイントコンサート、翌日はピアノとチェンバロの講師をそれぞれ務める。

e-mail: mieko@orange.ne.jp

Home